THE VOICE|special interview:「映画にかける思い」映画業界に関わる著名人の方々に、さまざまな角度やテーマで映画にまつわるお話をしていただきます。/VOICE01 鈴木 敏夫(株式会社スタジオジブリ  プロデューサー)

宮崎駿って人は、本当に複雑な人

―スタジオジブリ最新作『風立ちぬ』は、宮崎駿監督の“遺言”の意味があるそうですね。

「宮崎 駿監督作品『風立ちぬ』7月20日(土) 全国ロードショー」

いや、簡単ですよ。宮崎駿のお母さんが71歳で亡くなっている。
彼は72歳。一年余分に生きているので、いつあれしてもおかしくない。
そう思って言っただけです(笑)。
ただね、死はいつが訪れるか分からないでしょ?
だから死を強く意識すれば、人は充実して生きる。
僕は、そう思っています。

それに僕はプロデューサーなので、そういうことを『風立ちぬ』に無理矢理くっつけて話しますが(笑)、これは戦争中の物語。
戦闘機に乗るということは、常に死が隣り合わせにある。そういう緊張感ある映画だなとは思います。
映画の中に、こういうセリフが出てきます。
“飛行機は美しい夢だ。しかし、同時に呪われた夢でもある。”と。
いい言葉だなあと思ってね。
宣伝に使っていこうと思っていますけれど(笑)。

―いい言葉です。『風立ちぬ』は、その時代が内包した“矛盾”もテーマになっていますか?

まあ、そういうことです。いや、宮崎駿って人は、本当に複雑な人でね。
それは本人のせいだけじゃないと僕は思っているけれど、彼は昭和16年生まれで、彼と付き合って35年。
彼の最大の特徴はね、戦闘機は大好き、しかし戦争は大嫌い。この矛盾。これは、大きな矛盾ですよ。
戦闘機は戦争の道具なわけでしょ?
それを作った堀越二郎の話で、しかし一方では宮さんは若き頃、反戦デモにも参加した戦争大反対の人。

―宮崎監督ご自身が抱く大きな“矛盾”を、映画のテーマにして問う意味は何でしょうか?

「 鈴木 敏夫(株式会社スタジオジブリ  プロデューサー)」

今回の映画の最大のテーマは、宮崎駿という人が、どうしてそういう風に生まれちゃったのだろう?
どうして自分という人間ができ上がったのだろう?
おそらく、その秘密を解き明かしたかったわけですよ。
そう、僕は睨んでいます。

そして僕が思うことは、おそらく宮崎駿個人の問題だけでもない。
飛躍かもしれないけれど、この矛盾は戦後の日本人全員が抱えた大きな問題のような気がしますね。これはアメリカに例えると、分かりやすいです。
実は僕もアメリカが大好きでね、同時にアメリカが大嫌いな世代なわけです(笑)。
どういうことかというと、家にテレビがやってくるでしょ。
そうすると流れている番組は、向こうのホームドラマだったりするわけですよ。
玄関開ければ広いリビングがあって、キッチンには大きな冷蔵庫もある。憧れましたよねえ(笑)。
と同時にね、僕らが小さかった時は、日本が独立したばかりで、だからどこかにアメリカに対して敵対心もあるわけで。
でも家に帰れば、アメリカの歌を日本語に訳して歌っている番組まで放送している。
実にアメリカに振り回された人生ですよね(笑)。
だから元をただせば、アメリカと戦争をして日本は負けました。
それが根本にあって、ずっと日本人は引きずってきたと思う。
今回の風立ちぬ』は、それに回答を出すべく宮さんが挑んだ、という気が僕はしていますけどね。

雑多で、何が始まるか分からない僕にとっては、わくわくする空間でした

―ところで、この度の「イオンシネマ」誕生にちなみにまして、映画館の話をうかがいたいです。
以前の映画館にはあった“雑多な空間”が、とてもお気に入りだったそうですね。

子供の頃、親父に連れられてよく映画館には行きましたが、昔は劇場のことをションベン小屋って言ってね(笑)。
スクリーンの両隣がトイレだったわけですよ。だから前のほうの席は臭ったけれど(笑)、それでも好きな空間でしたねえ。
雑多で、何が始まるか分からない。僕にとっては、わくわくする空間でした。
そういう記憶が僕には残っていて、頭にこびりついています。
昨今は映画館がシネコンになってしまって、とても清潔ですよねえ(笑)。

―スクリーンの両隣がトイレって衝撃ですね(笑)。現代の発想では、まずあり得ないです。

『風の谷のナウシカ』(84)の頃はシネコンなどなかったわけで、それに僕は、そういう個人館をぐるぐる回ることって嫌いじゃなかったですよ。古い映画館は、そのまま保存したいと思ったこともあります。
それがちょうど「もののけ姫」(97)の頃、シネコンが登場しました。
きれいな映画館だと思いましたよ(笑)。

ただ、シネコンが都心じゃなくて郊外や地方を選択して始まったことは、面白かったですね。
僕たちは宣伝キャラバンで全国を回りますが、当時はシネコンのようなきれいな映画館と汚い個人館の映画館が共存していた時代で。
楽しい出会いが多かったですね。

―“雑多な空間”がないシネコンに対して、ネガティブなイメージはなかったでしょうか?

映画館には何が必要か、スタッフとの交流で勉強になったことは多いですよ。ポスターの絵柄、スタンディーの具体的な内容。
それが財産になった。各地区宣伝キャラバンで回る時、いまだに僕は各支配人に要望を聞きます。
バナーは縦がいいか横がいいか、縦長だと天井が低い場合に困るとか、地区によって特性が違うわけです。
イオンのようにショッピングセンターのほかの場所にもポスターを貼りたいなど、そういうことは現場を歩かなければ分からないことですよね。
そして、すべてのリクエストを反映したいじゃないですか。

―そして新しい劇場との取り組みとして、7月1日(月)より、スタジオジブリ史上初の“巨大壁画”を、
全国26か所のイオンシネマ劇場内に掲示することになりました。
シーニックには『風の谷のナウシカ』(84)以降、全21作品のキャラクターが勢ぞろいするそうですね。

ええ。これは地方のワーナー・マイカルに行った時、売店の上のパネルにワーナーの昔の作品がコラージュしてあって、それがヒントになりました。注意して全国各地の劇場内を観るようにしましたが、ワーナー・マイカルだけがやっていましたね。僕にとっての映画館はざわざわしている猥雑な場所という記憶があって、そもそもにぎやかであってほしい存在。 それが理想の映画館なわけですよ。 だからワーナー・マイカルが「イオンシネマ」になってキャラクターのパネルを止めて、ただの壁になってしまうことが辛かった。 その想いが先にありましたね。だから、この壁画の企画はうれしかったですよ。 子供の頃に大好きだった映画館のイメージを現代のシネコンに再現する。それが第一のポイントですね。

映画館には人間的であってほしい。

―画一的で合理的な仕様を求めるシネコンにあって人の温もりを感じる演出は重要ですね。

「 鈴木 敏夫(株式会社スタジオジブリ  プロデューサー)」

懐古趣味だって言われたら、それまででしょう。
きれいな場所での映画鑑賞も、時代の流れかもしれない。
ただ、僕はね、最大のポイントを言ってしまえば、映画館には人間的であってほしい。
それはどういうことかと言うと、人って前を向いて歩いてとずっと言われていると、疲れてしまうもの。
そうじゃなくて、たまには自分をだらしなくして、映画館でもだらしなく座ってほしいじゃないですか。ポップコーンとコーラで映画鑑賞!
それを許してくれる雰囲気が入り口にほしい。
僕らの頃は、下駄履きですよ。
座席でタバコを吸っている人もいてね(笑)。
東映のヤクザ映画で健さんが出れば大騒ぎ。
寅さんが失恋すれば「寅!頑張れっ!」って叫ぶ。
スクリーンにヤジが飛ぶ、拍手する時代でしたから。

―“巨大壁画”のサンプルを拝見しましたが、これを目当てに映画館に行きたくなります。

実はね、こういう話、宮崎駿にもしたんですよ(笑)。そうしたらね、彼は喜んでいましたね。
彼だって、そういう体験を経ているから、こういうシーニックみたいな企画はいいだろうってね。
考えてみれば映画館に行って、会社や学校みたいだったら皆嫌ですよ(笑)。
そういうことから、いい意味で解放されたいわけじゃないですか。だから、皆映画館に行くわけですよね。
それがひどくなるとよくないと思うけれど、その“いい程度”をどうやって作っていくか、それが今後の映画館のテーマじゃないかって気がしていますけれどね。

―『風立ちぬ』の話に戻りますが、戦闘機などの効果音をすべて人間の肉声で録音した理由には、映画館だけでなく、映画そのものも人間的であっていい、という想いでしょうか?

人間の価値観は二個、いや三個かな。それくらいしかないと、僕は思っています。
要するに、面白いか面白くないか。美しいか醜いか。そして最後が、正しいかどうか。
僕が映画作る時、大事なことは、面白いかどうかですよね。それと、美しいか醜いか。
でも、正しいかどうかって、本当は意味がない。
それを音の話で言うと、皆正しい音を探すためにあくせくしている。本当はどうだっていいことですよ。観ておかしくなければ。
そこに神経質になって観るとロクなことがないよ、という宮崎駿のメッセージですよね。

たとえば、零戦が今回たくさん出てきますが、エンジン音をはじめ、すべて口でやっています。
機関車は上手くいかなかったけれど(笑)、こだわる人は違うという意見を出すでしょうが、どれだけ本物があるのって話。
僕は、分かればいいと思う。だから、以前は登場人物で少しでも口が開いている人がいれば音を入れることに腐心していましたが、そういうことは今回ナシにしました。
昔の日本映画を観ると、音が少ないでしょ?
今の日本映画を観ると、足音まで音が入っているけれど、なくていいじゃない。
別の意味で、こだわっていますね。

―さて、最後になります。今後の「イオンシネマ」に期待することとは何でしょうか?

子供の頃ね、弐番館、参番館へもよく足を運びましたが、わら半紙にすった映画の解説が必ずありましてね。
僕は、それをいまだに持っていますよ(笑)。それが本当に楽しかった。だから、最後の最後、映画館が一番大事になってくる。
いくらいいものを作っても、いくらすごい量の宣伝をしても、映画館が頑張ってくれないとダメ。
それは肌身に染みて分かっているつもりなので、雑多で猥雑で、楽しいシネコンを期待します。
まあ、要望は一個だけ、喫煙するスペースを作ってほしいなあ(笑)。
昔はジブリにも愛煙家が多かったけれど、気づけばいまや彼と僕だけ。
実は僕と宮崎駿は、そのことを恨んでいましてね。
今度の映画では、全編タバコだらけです。何かあれば吸っています。いっぱい出てきますよ(笑)。

Profile

【VOICE01】鈴木敏夫 スタジオジブリプロデューサー)/1948年愛知県名古屋市生まれ。1972年徳間書店入社。1985年にはスタジオジブリの設立に参加。1989年からスタジオジブリの専従に。数々のヒット作をプロデュース。7月20日公開の最新作「風立ちぬ」(監督:宮崎駿)に続き、次回作の「かぐや姫の物語」(監督:高畑勲)の公開を秋に控えている。
© 2013 二馬力・GNDHDDTK取材・構成・撮影/鴇田 崇(OFFICE NIAGARA)

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