THE VOICE|special interview:「映画にかける思い」映画業界に関わる著名人の方々に、さまざまな角度やテーマで映画にまつわるお話をしていただきます。/VOICE48 俳優 小林稔侍

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主役への想いは正直、まったくなかった

星めぐりの町

―映画では本作が初主演ということで、オファーがあった際は、どう思いましたか?

誰しも俳優をしていますと「いつか主役を」と思っていることでしょうけれど、僕に関してはそう思ったことはなく、 これまでも主役にこだわったことは一度もなかったですね。そもそも、そういう想いが育つ土壌がなかった。 それくらい僕はあぜ道ばかり、外様ばかりを歩いていましたから。 ただ僕は、自分の身の丈にあった運を、みなさんにいただいてきただけのことでして、 主役への想いは正直、僕にはまったくなかったですね。

―実際、主演として『星めぐりの町』の撮影を終えたいま、何か思うことはありますか?

やはり映画で主役となると、特に僕みたいに晩年になってチャンスをいただくと、いろいろな様子がわかるものですね。 今の時代に映画を立ち上げること、商売としての映画、みなさんの協力を得て成り上がっていくものが映画ですので、 責任を感じましたね。俳優という職業は楽しいですけれど、ある意味ではなってはいけない職業でもあると思っています。 飯を食うことを考えると、狭き門です。なっちゃいけない職業だと思いますね(笑)。

―映画の世界ははなやかな印象を受けますが、とりわけ厳しい道でもありますよね。

若い頃はね、食えなくても楽しいですよ。でも30歳を境に女房子供ができて責任がかかってくると、 その時点でさよならをしていく人をたくさん見て来ました。僕も36歳まで、職業欄に俳優とは書けなかったですね。 それだけの自信がなかった。世間が認めてくれていない間、会社員などと書いていました。 やがて高倉健さん主演の『冬の華』で認められ、流れに流されていくなか竿を刺してようやく止まった、という感じがしましたね。

シネコンにはよく行きますよ。居心地がよくて落ち着いて楽しめます

小林稔侍

―愛知県の豊田市が物語の舞台ということで、イオンシネマ豊田KiTARAにも足を運ばれたそうで。普段シネコンなどで映画を観る機会はありますか?

ええ。よく行きますよ。居心地はいいですね。昔の劇場は大きかったので、そうすると、どう頑張っても客席が満員にはならなかったんです。 だから寂しいものでした。やがてミニシアターやシネコンなど数で勝負というか、いまの時代にあっている劇場が出てきて、 僕は落ち着いて楽しめます。昔ながらの大きな劇場は埋まりにくいのか、寂しかったです。

―確かに昔の映画館は、巨大な建物が多かったですね。それでも立ち見など全盛期には、どの映画館も満員みたいなイメージがありましたが。

大きな映画館は満員になりにくいというだけで、人は街に出ていました。高度成長期の頃は、夜通しやっていましたよ。 街中が起きているわけですから。地方からも人がわんさか出て来ていて、並みの映画館などは朝の4時頃まで確かに満員でした。 いま今の東京は都心でも21時30分にオーダーストップになるけれど、銀座でも新宿でも渋谷でも夜通し人があふれていて、 それくらい当時は馬力があった。僕たちも若い頃は寂しいから、夜中の街をうろうろして闇に紛れ、寂しさも紛らわせていたこともありますよ(笑)。

―映画の現場での様子も、当時と現代ではまるで違いそうですね。

当時は東映のやくざ映画が全盛で、僕たちも叩き込まれました。一度でOKをもらうもんじゃない、何度もNGを出してこそいい役者、だと。 僕は1回じゃOKをもらえなかったので、そういう意味ではよかった(笑)。たいしたことはやってないんです。ピストルの撃ち方がどうのとか、 そういうことでも何度も撮り直した時代ですね。いまでは考えられないですね。お金もかかるから1回でOKを出さないと。いま思うと、いい時代だったかもしれない。

撮影中は少年が僕で、豆腐屋の親父が高倉健さんだと思っていました

星めぐりの町

―1960年代~現在まで、50年以上も第一線で活躍し続ける秘訣は何でしょうか?

僕たちの頃とは時代が違いますので、僕の持論がいまの時代にそのまま当てはまるとは思いませんが、 この映画のように人との出会い、めぐりあい、それが生きる力を与えてくれて、素晴らしい人生になるのだと思います。 うつむいてこつこつやっていれば、誰かが観ていてくれる。僕はそういうタイプです。まあ、そういう風にしか生きられなかったわけですが、 実に時間がかかるので、いまは流行らないやり方かもしれません。 こつこつという言葉も死語に近いかもしれません。こつこつしすぎて、少々疲れましたが(笑)。

―その『星めぐりの町』、確かにめぐりめぐる人との出会いについて描いていました。

人生においては出会い、めぐりあいが大切ですね。それが明日を生きる力を約束してくれて、人生を約束してくれる。 僕は、そういう映画だと思っています。この映画は希望に満ちていて、明るい映画でもあるとさえ僕は思います。そして撮影中は少年が僕で、 豆腐屋の親父が高倉健さんだと思っていました。高倉さんとの出会いは、僕には特別なことで、 僕は女房と子どもと飯食ったことがないんですよ。ほぼ50年、あの人と食べていましたから。

―監督も、そういう関係性を念頭に置いて、この映画を撮っていたかもしれませんね。

そうですね。そうだと思います。この少年、豆腐屋の関係と僕と高倉健さんとの関係がまったく同じなんです。出来の悪い弟子と師匠みたいなものですね。 監督も、そのことをわかった上で脚本を作られたんじゃないかと……。僕の場合は周りの人に助けられてきた、いわば、<寄りかかり人生>みたいなもの。 本作品は星めぐりと言いますが、僕はこの映画を出会いがテーマだと解釈していて、星ではなく人めぐりの映画ではないかと思っています。 いろいろな解釈ができますから、観た方が自分の感性で受け止めればいいと思います。

Profile

小林稔侍 俳優 1941年生まれ、和歌山県出身。デビュー後の1960~70年代中頃まで東映東京製作によるアクション映画や仁侠映画、テレビドラマなどに出演。
						以降、映画、ドラマほか日本映像界にかかせない名優のひとりとしてジャンルを超えた作品で活躍中。2000年、中学時代よりあこがれ慕っていた恩師・高倉健と共演した『鉄道員』(1999年/降籏康男監督)
						で第23回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。1998年の山田洋次監督『学校lll』以降、山田監督作品の常連でもある。本作『星めぐりの町』で76歳にして映画初主演を果たす。
取材・構成・撮影/鴇田 崇(OFFICE NIAGARA)
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