THE VOICE|special interview:「映画にかける思い」映画業界に関わる著名人の方々に、さまざまな角度やテーマで映画にまつわるお話をしていただきます。/voice105 俳優 豊川悦司

やはり梅安という人物は、どちらかというとダークサイドの人だということでした

仕掛人・藤枝梅安

-二部からなる映画『仕掛人・藤枝梅安』は、2作同時に撮影したそうですね。どのシーンから撮影スタートされたのでしょうか?

「第一部における、香具師の元締を演じる柳葉敏郎さんとのシーンでした。柳葉さんは前半と後半にそれぞれ登場されるのですが、それを1日で全部撮りました。前半と後半を初日に撮るので“どうなるかな!?”と探り探りでやり終えましたが、セットがとてもすばらしくて、映像的に“いけそうだな”と感じました。自分的にもノッて来て、いい仕事ができそうな感覚を既に初日に覚えました」

―通しで2作撮り終えたクランクアップ時は、感無量で込み上げるものがあったのでは?

「いや、意外と現実はそんなロマンチックじゃない(笑)。第一部のタイトルバックに使われている、川から一人で上がって来るシーンがクランクアップでしたが、“ここで終わるのか”と思いつつ、とにかく寒かったので早く川から上がって風呂に入りたい、という気持ちが強かったですね」

―とはいえ2作同時撮影でどっぷり浸った“梅安”を、恋しくなったりしませんでしたか?

「確かに、それはありました。2本撮りで丸々3ヶ月くらい掛かったので、ある日ポンとそれが終わってしまうと、自分の中で何かが足りないような感覚は残りましたね。梅安というキャラクターと、突然別れたような。しかも鏡の中の自分はまだ丸坊主だったので、少し引きずる感覚はありました」

―実際に演じたことで、数々の俳優が演じて来た藤枝梅安というキャラクターについて改めて発見した面はありましたか?

「治療をしながら人の命を奪う、善いこともすれば悪いこともする。大先輩たちが演じて来られた梅安を演じて一番感じたのは、やはり梅安という人物は、どちらかというとダークサイドの人だということでした。もっとも彼が日の当たる場所にいたら“おいおい”となってしまうでしょうが、彼が身分をわきまえてダークサイドに居ることで、観客は安心して物語の中に入っていける。それは、夢を見られるとも言い換えることが出来る。そこが本作の良いところだとも思います」

仕掛人・藤枝梅安

―“善いこともすれば、悪いこともする”という哲学について、どう感じますか?

「善いことと悪いことって、紙一重だと思うんです。悪は必要ないという意見もありますが、見方を変えるとやっぱり必要だったりする。本作は法が法として色をなさなかった時代の話ですが、それでも人々の恨みを誰かが晴らさなければならない。誰も助けてくれないから、身銭を切って自分で晴らそうとするわけです。場合によっては自分の命と引き換えに、自分、あるいは愛する人たちの恨みを晴らすことが、本作にも何度か出てきます。そういう考えって、何も江戸時代でなくとも通じる気がします。それが良いことだとは思わないけれど、現代でも確実に存在するし、もしかしたら認めざるを得ない感情や行為である気もします」

―本作は、愛憎渦巻くドロドロが魅力でもあります。終盤、梅安が象徴的な“小鳥”を目にしてハッとするシーンも胸が揺さぶられました。

「誰の人生の中にも、“取り返しがつかない瞬間”ってありますよね。あのシーンは、そういう一つの瞬間だったのではないか、と思いました。その辺りは、原作よりも少し情緒的に描かれていると感じました。実は原作は、映画よりもっとドライで、怖いシーンでもあるんですよ!」

Profile

豊川悦司 俳優 藤枝梅安役 大阪府出身。映画『Love Letter』(95)やTVドラマ「愛していると言ってくれ」など多数出演し、高い評価を得る。近作に『あちらにいる鬼』(22)、『そして僕は途方に暮れる』(23)。
撮影=野崎航正 取材・文=折田千鶴子 スタイリング=富田彩人 ヘアメイク=山崎聡(sylph)

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