
映画業界に関わる著名人の方々に、様々な角度やテーマで映画にまつわるお話をまとめました。
大友 啓史監督・脚本
「ちゅらさん」は、沖縄の復帰の年に生まれた復帰っ子と呼ばれるえりぃちゃんを主人公にした物語で、そこにはある象徴性もありますが、復帰以前の沖縄を彷彿とさせる要素はほぼありません。美しい自然を背景に少女の一代記を描いたわけですが、ある意味本土の人間から見た楽園としての沖縄であり、そこにあこがれや幻想を込めた物語だったわけです。
沖縄には、我々が失いかけている優しさや家族の強いきずなが残っていて、ちょっとおっちょこちょいだったり、時間にルーズな感じなども言われることもありますが、沖縄の人は人間的に一番大切なものを大事にしながら生きている。沖縄に行くと感じる底知れない優しさは別格というか、何かが違うんですよね。それは「ちゅらさん」の撮影の時から感じていました。
やがて、それは沖縄の歴史的なことと関係しているかもしれないと思うようになりました。復帰前の沖縄に向き合ったものをちゃんとやらないと、収まりがつかないような気持ちに「ちゅらさん」を撮っている時からなっていたんです。
2018年にプロデューサーから「宝島」を紹介されて、自分が探していたものはこれだと、一晩で一気に読みました。復帰前のアメリカ統治下のことは、戦果アギヤーの存在も含めて、驚くほど僕たちが知らないことばかりでした。あの当時の日本は高度経済成長期の時代で、大阪万博だ、東京タワーだ、東京オリンピックだと、右肩上がりだったんですよね。その一方で、同じ日本で「宝島」で描かれるようなことがあったわけですよ。当時の沖縄はアメリカ統治下で日本ではなかったけれど、同じ日本人なのに沖縄では驚くようなことが起こっていたのだと。
知れば知るほどこれは絶対に映画化しなければいけない、そう思いましたね。知らないことを知ることも間違いなくエンターテイメントになりますからね。しかも、単なる歴史の知識として知るのではなく、映画館の暗闇の中で登場人物の気持ちに乗って、彼らと同じ気持ちになって起きていく出来事を追体感していくことは、映画だからこそできることです。これは絶対にやらないといけないと思い、挫折しそうになりながらもなんとか最後まで漕ぎ着けたというわけなんです。
沖縄で試写を開催した際に、感想で「ありがとう」と言われることが多かったです。自分たちが言えなかった想いを代弁してくれて「ありがとう」ということだと思うんです。沖縄以外の地域でも「ありがとう」と言っていただくことが多かった。知らなかったことを教えてくれて「ありがとう」、「沖縄の海の色の見え方が変わりました」と。
この映画を通して当時の沖縄のことを知り、沖縄と本土の人たちがさらによいコミュニケーションができるようになればいいなと、この映画が新しいものを生み出すものになればいいなと思っています。沖縄に対するこの想いは、スタッフ、キャスト全員が共有していたんだと思います。日本人はどこか心の奥底で、沖縄に対する贖罪に近い想いを持っているはずだと思うんですよ。意識するしない関係なく、口にも出さないけれど、みんなどこかで分かっている。それがものすごい熱量になって作品に反映している気がします。
沖縄の歴史に踏み込む映画ですからね、作り手は姿勢を正してきちんと向き合わなくちゃいけない。日本全国にある基地の7割を、僕たちは今でも沖縄に依存していますからね。沖縄の負担やそれゆえの思いを、同じ日本国民として、僕らも当事者として受け止めなければいけない。むろん基地のある沖縄では悲惨なことがたくさんあった一方で、コザの角にあるニューヨークというレストランでは、1950年代当時から水栓トイレだったりする。そこに最先端のものが生まれ、アメリカのポップミュージックも日常的に流れていた。それが、今に至る沖縄の音楽的に豊かな土壌に繋がっているんですよね。
あの時代の沖縄を生きるたくましさ、あきらめない気持ちなどは、当時流れていた音楽で表現できることもあります。ロックが主流になっていく70年代までは音楽そのものが大きく変わる時代で、自分たちのメッセージをより色濃く託すものになっていきましたからね。そんな時代を表すために、当時の音楽もたくさん使っています。
沖縄に向き合う映画として観てほしいと言いつつも、エンターテイメントとして観ていただく構えで作っています。学校の勉強になっちゃうと3時間ってめちゃくちゃ長いんだけど、映画の世界を楽しみながら、最後にはしっかり、大切なメッセージを感じ取っていただけるかなと。イオンシネマさんを訪れるみなさんにもぜひ観てほしいと思っています。

BIOGRAPHY
1966年生まれ、岩手県出身。1990年、NHKに入局。連続テレビ小説「ちゅらさん」シリーズ(01~04)「ハゲタカ」(07)「白洲次郎」(09)、NHK大河ドラマ「龍馬伝」(10)などを演出する。2009年『ハゲタカ』で映画監督デビューの後、2011年に独立。『るろうに剣心』(12)『3月のライオン』2部作(17)など次々と話題作・ヒット作を手がけ、『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』(21)では、2部作合わせて70億円、シリーズ累計200億円に迫る大ヒットを打ち立てる。東映創立70周年記念作品の『レジェンド&バタフライ』(23)は、20億円を超える興行収入を記録した。